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介護するなら遺言書とセットで

介護と遺言はセットで話し合いましょう。介護の苦労が報われるように介護を引き受ける場合、遺言書を書いてもらうことをお勧めします。

介護する人は他の相続人から疑われる損な役回り

介護する人は他の兄弟姉妹から親のお金を使い込んでいるのではないかと白い目で見られることがよくあります。日常のスーパーの買い物や医療費などを支払っている間に親と子の家計が入り混じってしまうという事情もあり、親のお金で自分のものを買っていると疑われてしまうことも多々あります。きちんと記録に残したり介護用通帳をつくりましょう。

介護をした嫁には「寄与分」も認められない

「寄与分」とは親の介護の面倒を見たり、病気の看護をしたり、亡くなった人の事業を手伝ったり、亡くなった人の財産を増やしたり、特別な貢献をした相続人に、後見の度合いに応じて法定相続分とは別に財産をもらうことが認められていることです。寄与分が認められれば、その人は自分が貢献した部分を相続財産から確保でき、残りを法定相続人が別けるという手順になります。しかし、嫁が親の介護をしも、「子の配偶者は法定相続人」ではないので、寄与分が認めれず財産を受け取ることはできません。嫁には遺言書で「遺贈」することにより特別に財産を残すことが可能になります。

寄与分にはあまり期待できないのできちんと「遺言書」で感謝の念を表しましょう

寄与分としてどれだけの金額が認められるかは法定相続人の合意で決めますが、実際には寄与分を認める兄弟姉妹は少なく、法定相続人が合意できず家庭裁判所で認めることも少なく、認められたとしても金額は少ないのが現実です。一番よい方法は、介護や認知症などで既に面倒を見てくれている人や将来面倒を見てもらう人を「財産管理等の委任契約」や「任意後見契約」の後見人にして感謝の念を「遺言書」に記載し、財産をほかの相続人よりも多く相続させることでしょう。

 

親の死後、相続でもめないために・・介護と相続はセットで話し合いましょう。

『38歳からの相続』浜野康次郎、灰谷健司著 日本経済新聞社より「介護と悔悟」 

 

 

義父の光彰(84歳)が認知症だと気づいたのは3年前のことだった。5年前に聡の母が亡くなってから聡の一家は光彰の家で同居することになった。最初のうちは、お互い新しい生活に慣れるのに一生懸命だったのか、積極的に話をしたり出かけたりもした。しかし、孫の龍一(23歳)が大学に進学し一人暮らしを始めたころから光彰は部屋にこもるようになり、口数も減っていた。おかしいと感じたのは、止めたはずのタバコを毎日のようにコンビニで買ってくるようになったときだ。買ってきたタバコは吸うわけでもなく、机の中にしまって、また次の日も買いに行くのだ。あっという間に認知症は進行し、1年も経つと聡(光彰の息子58歳)と麻子(聡の妻54歳)のことが誰なのかも分からなくなった。光彰の口癖は「俺はどうしたらいいんだ。何がなん(だかわからん。家に帰りたい」だ。その度に麻子は「どうもしなくていいんですよ。ここが、お義父さんの家ですよ。さぁ、ご飯召し上がってください」と答える。こんなやり取りが、日に何度もある。介護士の人が2日に1回来てくれるが、その時間は買い物に出かけなければいけないので、休む暇もない。前に旅行に行ったのはいつだろうか。聡の妹の恵美(53歳)は、たまに息子の潤(19歳)をつれてやってくるが、何を手伝うでもなく、小一時間光彰と会話になっているのか分からないような話をして帰っていく。恵美はシングルマザーで平日は仕事に出ているから来られないのは仕方がないが、来た時くらいは「手伝いましょうか」の一言があっても良いと思う。

 聡とは、前に光彰を特別養護老人ホームに入れようかという相談もしたが反対したのは麻子だった。自分の親がそうなったときに特養に入れるなんてできないと思ったからだ。そもそも入所希望者は100人以上いて、当面は無理ということだったが。

 徘徊してはいけないので、家中にセンサーやカメラをつけた。風邪を引かないようにエアコンや空気清浄機もつけっぱなしにした。介護保険だけではとても間に合わない。

麻子はストレスが溜まって通販にハマったが、買って届いた頃にはなんでこんなもの買ったのだろうと思うものばかりで空しくなった。最近聡の飲み会が多くなり、帰ってくるのが遅いのも不満だった。

「ただいま、今日も接待で疲れたよ」

「お帰りなさい。ねぇ、聞いてよ。今日もお義父さんヘルパーさんの前で叫んだのよ。お風呂に入りたくないって言って大変だったんだから。ヘルパーさんも『なれているので大丈夫です。』って苦笑いしていたけれど、本当に申し訳ないわ。」

「そっか。大変だったんだね。俺、明日も早いし、今日は疲れたからもう寝るよ。」

「ちょっと、ちゃんと話聞いているの?相談したいこともあるからちょっと待ってよ。」

「聞いてるよ。疲れてるんだよ。明日じゃダメかなぁ。」

「ダメ。あのね、お義父さんの四葉銀行の普通預金があと少ししかないの。三山銀行には残高はあるんだけど、キャッシュカードがないのよ。窓口で下ろす場合はやっぱり本人じゃないとできないのかな。介護費用と固定資産税の支払い期限が月末だから下せないと困るのよ。」

「そんなの俺に聞いてもわからないよ。事情を話せばなんとかなるんじゃないのか。」

「もうっ、全然頼りにならない!」

翌日、麻子は三山銀行の窓口で事情を説明していた。

「そうですか。当行では、そういったご事情でしたら、ご本人宛の医療費の請求書や固定資産税の納付書をご用意いただければ、その分はご家族の方でもお支払いすることができます。ただ、基本的にはご本人に意思能力がない場合は、成年後見人の方でないとお支払いすることはできないんです。

「えっ、そんなの困ります。電気代も義父に払ってもらっているし、オムツや食費だっていろいろとかかるのよ。そういったものはどうすればいいの。」

「以前はそういったご資金もお支払いしていたのですが、最近はお子様がご預金を下ろされて、他のお子様から『本人じゃないのに勝手に支払うな。』とクレームが入りトラブルになったこともございまして、そういった取扱いにさせていただいております。今後も継続的にそういったご資金が必要になるようでしたら、「成年後見制度」のご利用をお勧め致します。」

「そうなの。どこの銀行でも一緒なの?」

「こういった取扱いは各銀行が個別に決めていると思いますので、申し訳ございませんが、他の銀行でのお取り扱いは分かりかねます。」

固定資産税の納付書は持ってきたが、医療費や介護費用の請求書は持ってきていない。一度取りに帰ってからまた来ると介護士さんが帰ってしまうので時間的に無理だ。次に介護士さんが来るのは明後日か。月末までだからまだギリギリ間に合うな。そう考えながら、麻子は固定資産税の納付だけをして家に帰った。

 その夜、麻子は聡と相談して、今後のことを考え、成年後見制度を利用することにした。インターネットで申請方法や必要な書類を調べると、”そんなに難しい申請ではないので専門家に頼まなくても自分でもできます。”と書いてあった。介護士が来てくれている間に必要な書類を集めようと近くの区役所に行ったが、取れたのは住民票だけだった。戸籍謄本は本籍地の役所でないと取れないということなので、光彰の分は千葉市の区役所に郵送で申請した。自分の戸籍謄本は、結婚した時に住んでいた大田区の区役所まで別に日に取りに行った。成年被後見人等ではないことを証明する為の「登記されていない事の証明書」というものも必要で、これは法務局に取りに行った。結局すべての書類が揃うまでに1か月くらいかかった。聡にも手伝ってほしかったが、役所は平日しかやっていないところが多く、「そんなことで仕事を休めない。」と言われてすべて自分でやった。家庭裁判所への申し立てを行い、面接や医師の鑑定等を経て法定後見開始の審判が下り、麻子が成年後見人に選任されたのは、聡と相談してから3か月後だった。

 成年後見人になってからも別に生活が楽になるわけではなく、銀行の手続きができるようになったくらいだ。麻子は今後のことを考えて、四葉銀行以外の銀行預金や郵便貯金はすべて解約して四葉銀行に集めておいた。

 

 それから1年が過ぎた冬の寒い日に、光彰は亡くなった。

 光彰が亡くなったのは、介護老人保健施設にショートステイで預けていたときだった。運ばれた病院から知らせを受けたとき、麻子に起こった感情は悲しみではなく安堵だった。

 家の中で亡くならなくて本当によかった。家にいたときに亡くなっていたら聡や恵美に何を言われたかわからない。恵美なんかは『どうしてちゃんと見ていなかったのよ』とか平気で言いそうだ。とにかく、これで介護に追われる生活は終わったんだ。これからは私は自由になれる。これまだがんばった分、自分のしたいことをしよう。そう思った。

 初七日の後、恵美が、遺産分割の話については早めにした方が良いから光彰の通帳を見せてほしいと言ってきた。聡も、葬儀費用の支払いもあるし、こういうことはきっちりとした方が良いなと言ったので、麻子は管理していた通帳を渡した。

 通帳のページをめくりながら恵美のっ表情が変わっていくのが分かった。

「どうして、通帳が一つしかないの。それに認知症になってから、どうしてこんなに預金が減ってるのよ。定期預金も解約してあるじゃない。」

確かに、ここ数年の間に介護や医療費で数百万円使っており、残高は1500万円くらいになていた。

「それは介護の費用とか医療費とかいろいろ親父にかかったんだよ。ちゃんと麻子が家庭裁判所に行って成年後見人に選任されているんだからな。別に俺たちの生活費として使ってた訳じゃないよ。」

「どうだか。最近、成年後見人が財産を着服している事件がいっぱい起こってるってニュースで言ってたわよ。この家のリフォーム代とか龍一の学費とかにも使ったんじゃないの。」

「そりゃリフォームは親父の為にバリアフリーにしたんだから親父の金を使ったけど、龍一の学費とかには使ってないよ。」

やっぱり。兄さんはこの家をもらうんだから預金は私が多く相続すると思っていたのに、こんなに預金が減っているとは思わなかったわ。ちゃんと全財産の半分のお金はちょうだいよね。

 恵美は考えていた離婚のときの財産分与も相続も同じ話だわ。権利のあるものは主張しないとダメなのよ。そりゃあ私は親の面倒なんて一切見てこなかったわよ。でも私は兄さんみたいに生活費の援助なんか一切受けてないんだから。

「そんなこと言われても困るよ。それに、これまで家で親父の面倒は見てきたんだし、この家は長男の俺が守っていくのは当然だろう。」

「長男って、江戸時代じゃないのよ。今は長男次男とか男とか女とか関係なく平等な法律なの。私だって一人で潤を育てていくのは大変なんだから。」

「分かったよ。ちょっと考えるから。こんなときにそんな話は止めようよ。また改めて話そう。」

二人の話を聞きながら、麻子は恵美のあまりの勝手さと聡の不甲斐なさに怒りを覚えていた。ただ、自分が口を挟むとさらに話がこじれそうな気がしたので、その場で口を出すのは止めた。遺産のことは聡に任せようかと思ったが、我慢できず夕食のときに聡に怒りをぶつけた。

「ねぇ、なんでもっと強く言わないのよ。恵美さんなんて、離婚のときにただでもらったマンションもあるし、養育費もちゃんともらっているんでしょ。この前、銀座の高級ホテルのカフェで見かけたって近所の人が言っていたし、良い暮らしをしているんじゃないの。私なんてこの3、4年外出っていったらスーパーか病院か銀行くらいよ。お義父さんの面倒何にも見ないでよくあんなこと言えるわよね。そもそも私がこんなに苦労してきたのに、何にももらえないなんておかしいわよ。

 別に財産がほしい訳じゃない。でも何もしていない恵美に財産の半分がいくなんて考えられない。聡だってシングルマザーの妹に言いにくいことは分かっている。でも誰かに当たらずにはいられなかった。

 

翌日、麻子は久しぶりに学生時代の友人の千恵とランチをしていた。千恵は区役所で戸籍係をしている。

「ホント納得できないわよ。どうして、こんなに苦労した私は何ももらえなくて、何にもしていない旦那の妹が半分相続できるのよ。」

「そうよね。本当の親だったら介護とかして面倒を見ていたら、寄与分っていって遺産を多くもらえる権利があるんだけど、嫁だともらえないものね。一緒に住むって決まった時に養子にでもなっておけば麻子も相続人になれたのに。」

「でも、そんな簡単に養子とかなれないでしょ。嫁に出したとはいっても親子の関係を切るなんてうちの親が認めるわけないしね。」

「別に養子になったって実の親との関係は変わらないのよ。ただ、戸籍に養父とか養母というのが追加されるだけなのよ。実の親からの相続分も全く変わらないしね。以前は婿入りした男性を養子にするとか、子供がいない夫婦が甥姪を養子にすることとかが多かったんだけど、最近は世話になった息子の嫁を養子にすることなんかも結構あるみたいよ。」

「そうなんだ。全然知らなかった。そんなの5年前に教えてくれたら、私も考えたのに。認知症になってからは養子どころじゃなかったもん。」

「まぁ、普通は知らないよね。私も仕事柄ある程度詳しくなったけど。」

「別に遺産をたくさんもらいたいって訳じゃないんだけどね。でも、旦那も今年で退職だから、老後のことも心配だし、なんか最近憂鬱だよ。」

 麻子は、介護から解放されたら自由な楽しい生活が待っていると思っていた。しかし、麻子が感じていたのは自分の体にぽっかりと穴があいたような虚無感だった。自分はこれまで何の為に生きてきたのだろう。これから何の為に生きていくのだろう。そんなことを考えるようになった。今までは子育てや介護、家事に追われ考える暇もなかった。

 

自宅に帰ると留守番電話のランプが点灯していた。再生ボタンを押すと、聡宛に岡崎法律事務所の宇都宮という男性から、折り返し電話がほしいという内容のメッセージが入っていた。聡は今日も遅いのだろうと思い、電話をかけて宇都宮という男性を呼び出した。

「初めまして。弁護士の宇都宮と申します。奥様でいらっしゃいますか。この度はご愁傷様でございました。訃報を見てご連絡させていただきました。実は、私どもは加藤光彰様から公正証書の遺言書をお預かりしておりまして、私どもが遺言執行者となっております。遺言書の内容をご説明させていただきたいのですが、ご都合はいかがでしょうか。」

義父が遺言を書いていたなんて知らなかった。いつの間に書いたのだろう。

 

恵美の予定に合わせて聡にも有給休暇を取ってもらい、弁護士に自宅へ来てもらった。通常は相続人だけの前で説明するということだったが、弁護士から麻子も同席するように言われ同席した。弁護士が公正証書遺言の写しを3人に手渡した。日付は義母が亡くなった1年後になっていた。法定相続分や遺言制度について簡単な説明があった後、弁護士が遺言書の内容を読み上げた。

第1条 遺言者は次の土地建物を遺言者の長男加藤聡(昭和29年12月24日生)に相続させる。

(1)土地

所在:横浜市栄区○○4丁目 地番:1番4 地目:宅地 地積:214.12㎡

(2)建物

所在:横浜市栄区○○4丁目1番地4 家屋番号:1番4 種類:居宅 構造:木造瓦葺2階建 床面積:1階92.40㎡ 2階72.58㎡

第2条 預金等金融資産は遺言執行者がすべて解約して現金化し、その中からまず300万円を遺言者の長男の妻加藤麻子(昭和33年11月21日生)に遺贈する。残りの金銭のうち10分の7を遺言者の長女加藤恵美(昭和34年10月8日生)に、10分の3を前記加藤聡へ相続させる。

第3条 その他の財産(家財等)については前記加藤聡へ相続させる。

第4条 遺言の執行者は横浜市西区○○弁護士宇都宮直也(昭和28年10月9日生)を指定する。  

そして遺言の最後には次のような付言事項が書かれていた。

「私はまだまだこの先も人生を楽しみたいと思っているが、年相応に体力は落ちてきたし最近は物忘れもひどくなってきた気がする。そこで、宇都宮先生に相談して、私に万一の事があった時にもめることがないようにこの遺言を作成することにした。

 親としては聡、恵美に財産を平等に渡したいという思いはある。しかし、この土地は父から長男の私が引き継いだものだ。古い考え方かもしれないが長男である聡、そして龍一へと引き継いでいってもらいたいと思っている。恵美はいろいろと苦労をしたな。いつも母さんと心配していた。潤を一人で育てていくのは大変だろうと思う。財産分けとしては少なるなるが、二人への想いは同じだ。私たちの子に産まれてきてくれたことを本当に感謝している。私がいなくなってもお盆くらいは集まって仲良く過ごしてほしい。

 それから麻子さん、この家に来てから苦労をかけていると思う。また、これからもっと苦労をかけるかもしれない。申し訳ない。お金に替えられるものではないが、少しだけ私の気持ちを受け取ってほしい。

 最後に、これからも皆が健康で幸せな人生を送ることを願い、ありがとうの言葉を遺します。                            加藤光彰 拝」

 

遺言の読み上げが終わった後もしばらくは皆黙っていた。

最初に口を開いたのは恵美だった。

「父さんずるいよ。そんなこと言われたら私は何も言えないじゃない・・」

ー遺言がなかったら、私はこの家を売ってでも遺産の半分をもらいたいと思っていたかもしれない。きっと、そんなことしていたら後悔していた。100%納得できた訳じゃないけど、亡くなった父が決めたことに文句を言ってもしょうがない。兄が得をしたような気もするが、兄が恵美は悪いわけでもない。 そう思って恵美は弁護士が用意した同意書にサインをした。

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